友人の突然死
「私の世代はいわゆるロスジェネで、就職も厳しかった。大学時代、仲のよかった4人組がいるんですが、私とA子は中堅企業、B子は家業でアルバイトをしてすぐ見合い結婚、そしてチナツは公務員試験に落ちて、結局、非正規で働いていました」そう言うのはユキさん(43歳)だ。彼女自身は3年前に結婚してから共働きを続けつつ不妊治療をしてきたが、そろそろ諦めなければいけないと思っているところだという。4人組は環境も置かれた立場も違うが、それでも細々と付き合いは続いてきた。
「誰もがつらいんですよね。A子は結婚した相手がモラハラ夫で、離婚したとたん妊娠が分かって……。結局、今はシングルマザーです。B子は夫の勤務先が倒産、子ども2人と共に義両親と同居して今は肩身の狭い思いをしているらしい。そしてチナツ……。彼女は昨年、突然亡くなりました」
度を超した倹約生活
その1カ月前、ユキさんはチナツさんに会っている。チナツさんから「下着やストッキング、なんでもいいから捨てるようなものがあったらちょうだい」と言われたそうだ。その前から、チナツさんが倹約してお金を貯めていること、洋服から下着まで何でもいいから欲しがっているらしいことを他の友人たちから聞いていた。「みんなチナツに会いづらいと避けるようになったんです。チナツは私にも連絡してきたので、『ちょうど捨てようと思っていた下着やTシャツがあるけど。かなりぼろぼろだよ』と言ったら、それでもいいって。食事でもしようかと言ったら『外食は高いからやめておく』って。安いところでよければおごるよと言って安い居酒屋に行きました。
チナツは化粧もせず、顔色もよくなかった。彼女、病気のお母さんと2人で暮らしていたんですが、そのお母さんが亡くなってから変わったんです。7、8年前でした」
母親の病気の治療に相当お金もかかったようだ。そしてチナツさんは、お母さんの最期を見ながら「お金がない人生は嫌だ」と思ったのだろう。そこから度を超した「倹約」が始まったらしい。
病死ではあったけれど
「チナツは病死でした。自分で自分を消したわけじゃない。ただ、私がチナツと会った時もなんだか具合が悪そうだったし、なにより『お金がないと不安でたまらないの』と言っていました。派遣でも彼女は頑張って働いていたし、最終的なセーフティネットとして生活保護だってあるんだし、大丈夫だよと言ったんですが、『たった1人で生きていかなければならない女の孤独、分かる?』と言われてしまいました。結婚していたって孤独だし、うちなんて2人とも非正規労働者ですからね、それはそれで不安はありますよ」彼女の急逝は、警察からユキさんに伝えられた。最後にLINEでやりとりしていたのがユキさんだったのだ。おそらくろくに食べるものも食べず、栄養失調で体も弱っていたのではないだろうか。あっけなく命を落としたようだ。
「一緒に食事をしたときも、彼女は少ししか食べなかった。胃が小さくなっちゃったのかなと笑っていたけど……」
チナツさんには2000万円近くの預金があったと、あとから知った。年収300万円くらいしかないと嘆いていたのに、それだけの貯蓄があったとは。ユキさんは言葉が出なかったという。
「友達に洋服や下着をもらって、食べるものも食べずにお金を貯めて。病気のお母さんをずっと支えて生きてきて、彼女は何が楽しみだったんだろう、彼女の人生は何だったんだろう。そればかり考えました」
友人のアパートを訪れてみて
遠い親戚という人から連絡をもらい、彼女はチナツさんのアパートを訪れてみた。築何十年経つ、木造アパートの一部屋だ。部屋の中にはほとんど何もなかった。洋服はダンボールなどで保管していたらしい。チナツさんの日記には、ユキさんと会って食事をごちそうしてもらったことが几帳面な字で書かれていた。「ずっと気になっていたのに、もっとチナツのために何かできなかったのか。それだけが悔やまれます。でも彼女は同情されたくはなかっただろうし。新品の下着をプレゼントするのも嫌みなような気がしてできなかった。どうしたらよかったのか、彼女が亡くなって1年経った今も、分からないままです」
老後が不安でお金を残したいのは誰も同じだ。だが、そのために限界を超えた預金を続け、目の前にある今の生活を蔑ろにするしかないのだろうか。
「たった一人で80歳まで生きると考えると、絶望的な気持ちになるんだよねとチナツは言っていました。あのときの彼女の苦しそうな表情が忘れられません」
人生とは何か、考えさせられる話である。