実は曖昧な「不快と感じる距離感」
トナラーを不快と感じる主な要因として挙げられるのが「パーソナルスペース」です。パーソナルスペースとは、簡単に言うなら「心理的な縄張り」のようなもの。他者がこれ以上自分に近づくと不快と感じる距離があるのは、皆さん体感していることでしょう。
パーソナルスペースについては文化人類学者のエドワード・T・ホールが有名で、適切だと感じる距離は、恋人や家族、知らない人、知り合いなど、“相手”によって変わります。友達との会話かプレゼンテーションかというように“目的”によっても異なりますし、“国”によっても、“性格”によっても違いがあることなどが報告されています。
パーソナルスペースについて調べてみると“平均〇〇cm”と具体的な距離を示す説もありますが、筆者は、パーソナルスペースは私たちが思う以上に「柔軟に変わる“曖昧なもの”」だと考えておくのをおすすめします。
狭い場所に何人入れるかという実験を行い、休憩時間に雑談などをしてもらった後にもう一度同じ実験をしてその変化を確かめた研究があります。結果は、まったくの他人から雑談をした関係に変わったことで、さっきまで詰めて入れていた人数が入れなくなるというものでした。
まったく知らない人なら密着できても、ほんの少し知っている相手になると密着できない。それほど、パーソナルスペースというのは変化しやすく曖昧なのではないでしょうか。少なくともそう思っていたほうが、精神衛生上よいことは間違いなさそうです。

混雑時には距離を近くするという行動も適切だと感じる
国土交通省が通勤通学帯における鉄道の混雑状況を把握するために行った「令和5年度 三大都市圏の平均混雑率」によると、東京圏での平均混雑率は136%、大阪圏では115%、名古屋圏では123%でした。混雑が多い都市かそうでないか、混雑しやすい時間単に移動しているかそうでないか、混雑に慣れているかそうでないかといった要因も、どのくらいの距離を取るのかに影響しそうです。
「近い、不快だ」と感じる距離は、実はいろいろな要因から影響を受けて決定されます。つまり、もしかすると、あなたが不快に思ってしまうその距離も、トナラーにとっては普通なのかもしれません。あえてこのように考えてみることで、自分ではありえないような距離を取ってくる人たちを少し許容しやすくなるのではないでしょうか。
“座席を詰めて座らないほうが迷惑”派も
トナラーという言葉が市民権を得た背景には「こんなに空いているのに、隣に座るなんて非常識だ」と考える人の存在があるでしょう。一方で「たくさんの人が座りやすいように席は順番に詰めて座るべきだ」と考える人たちもいます。新型コロナウイルスが登場する前は、電車内でのアナウンスで「多くの人が座れるよう詰めてお座りください」と流れていましたし、“詰めて座ろうキャンペーン”というポスターなども掲示されていました。詰めて座るのがマナーであり、人の隣の席を選ばない人たちはマナー違反という認識もあったわけです。
ところが、新型コロナウイルスが登場して、距離を空けて座ることが新しいマナーになりました。感染が落ち着いてからは「詰めて座るのが正しい」と考える人と「空いているなら隣には座らないほうがよい」と考える人が混在しているように見受けられます。
日本民営鉄道協会が実施した「2024年度 駅と電車内のマナーに関するアンケート」では、以下の迷惑行為がトップ3となっていました。
1位:周囲に配慮せずせきやくしゃみをする 50.5%
2位:座席の座り方(詰めない・足を伸ばす等) 31.9%
3位:騒々しい会話・はしゃぎ回る 29.2%
「座席の座り方」のうち、最も迷惑に感じる行為の調査結果を見ると、
という結果でした。1位:座りながら足を広げる・伸ばす・組む 44.5%
2位:座席を詰めて座らない(間を広く取る、荷物を置く等) 35.1 %
3位:お年寄や身体の不自由な方、妊婦の方等に席を譲らない 6.7%
この調査からも、座席を詰めて座らないのは迷惑行為だと考えている人がいることが分かります。もちろん電車の混雑状況によって座席を詰めて座らない人すべてが迷惑だと感じているわけではないはずですが、もしかしたら、あなたが不快と感じるトナラーは「席を詰めないなんて迷惑行為だ」と考える人で、本当は席を空けて座りたいけれど我慢をしている可能性もないとは言い切れないのではないでしょうか。
「わざわざ隣に座るのは非常識」と考える人もいれば、「席を詰めて座らないなんてマナー違反だ」と考える人もいる。そんなマナーが混在している時代なのだと考えてみるのも、トナラーに対するもやもやを緩和してくれる一助になりそうです。
トナラーが嫌だと思ったときの対処法

体の向きを変えることで心理的な距離を保ちやすくなる
1:不快感を与えないように席を移動する
隣に座られるのが不快なのであれば、物理的に移動するというのも選択肢の1つです。急に移動すると隣に座った相手に不快感を与えるのでは?と心配してしまう人は、少し時間を置いてから立つ、路線図を確認するフリをして立つ、隣の車両に移るという方法がおすすめです。
2:体の向きを調整して心理的距離を取る
正面を向いている状態よりも、相手に背をむける斜め45度くらいのほうが“心理的な距離感”を取りやすくなります。反対側の席が空いているなど、体の向きが調整できるような状況であればぜひ試してみてください。
3:意識を他に向けて気にしないようにする
体の向きが変えられないような状況のときは、相手をなるべく視界に入れないようにし、他のことに没頭してみてください(例:スマホや読書に集中するなど)。心理的な抵抗は、気にしないようにすることで緩和できることがあります。
自分に合った不快感を緩和する方法を見つけよう
新型コロナウイルスの登場によってさまざまなマナーが変わりました。公共の乗り物で隣に座る・座らない問題は、まだ解決するのに時間がかかりそうなテーマです。いろいろなマナーが混在している状況下では、自分に合った不快感の緩和方法を見つけることが大事になります。参考までに、紹介した対処法をまとめておきます。
- 快適に感じる距離は状況によって変わる曖昧なものだと考える
- 隣に座るのがマナーだと思う人もいると考える
- 席を移動する
- 体の向きを変える
- 意識を他に向ける
国土交通省「令和5年度 三大都市圏の平均混雑率」
日本民営鉄道協会「2024年度 駅と電車内のマナーに関するアンケート」
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