40年近くラブラブな夫婦であったとしても……
こんな諺が当てはまる夫婦は幸せなのかもしれないが、一般的には若い夫婦なら理解できるものの、40年近く夫婦生活を続けているのに、まだ燃えるような嫉妬をするとなると、そのエネルギーに感心すらしてしまう。
父のことが大好きすぎる母
「うちの母は、私や弟が小さいころから、とにかく父が大好き。父が帰ってくると何をしていても玄関まで飛んでいくんです。そのたび私と弟は顔を見合わせていました」サユキさん(35歳)はそう言って笑う。父は出張が多かったので、母は毎晩、父からの電話を待っていた。長話をするわけではないのだが、声を聞きたいからと電話をさせるのだ。出張期間が1週間ほどになると、母は父の帰宅日には朝からそわそわしていた。
「私は29歳のときに結婚したんですが、母のような気持ちにはなれなかった。3年もたつうちに、夫はいないほうが気楽だと思っていましたからね。子どもがいなかったので4年で離婚。仕事と友だちと趣味と、時々恋愛というほうが自分には合ってるなと感じています」
60代になっても「お父さん大好き」
東京でバリバリ仕事をしているサユキさんは、都内から2時間ほどかかる実家には年に数回しか足を運ばない。「帰っても母が面倒くさそうなんですよ(笑)。せっかく父と2人で暮らしているのに、子どもは邪魔。そんな感じ」
同い年の両親は、27歳のとき仕事関係で知り合ってすぐに恋に落ちたという。出会ってから3カ月で婚姻届を出したのだが、それからすぐ妊娠が分かった。
「私たちには新婚時代がなかった。だから子どもたちが独立してからが本当の新婚なのと母はよくのろけていました。60代になってからも、『お父さん大好き』は変わっていませんでした。
もちろん、父も無条件に愛してくれる母を愛していたと思います。何かにつけて『これはお母さんに』とお土産を買ってきていましたね。ふたりとも、子どもよりパートナーという感じだった」
親がケンカばかりしていたり冷戦状態が続いていたりという家庭はよくあるが、子どもがあきれるほど仲がいいのは珍しい。
母が半狂乱で訪ねてきた!
ところが半年ほど前のこと。憔悴しきった母が週末、突然、サユキさんを訪ねてきた。「電話もせずにいきなり土曜の午前中にやってきたのでびっくりしました。しかもおしゃれな母が部屋着みたいな服のまま、2時間もかけてやってきたのは尋常ではない。どうしたのと聞いたら『お父さんが……』と言ったまま、ひたすら泣いている。話が見えないので、父に電話してみたら、『誤解だよ』とちょっと怒っている様子でした」
ようやく落ち着いた母に聞いてみると、父が初恋の女性と再会したという。さらに聞いていくと、父が中学校の同窓会に出席しただけのことだった。中学時代の初恋の話は、どうやら過去に耳にしたことがあるようで、その人と再会したらきっと恋が再燃すると母は思っていたらしい。
「だからといって、何かがあったわけじゃないみたい。同窓会で当時好きだった人と会ったとしても、父ももう60代。愛する母がいながら浮気なんか考えられないんですよ。でも母は疑っている。絶対、2人はこれから会うようになり、私は捨てられると泣いているわけです。母が過剰反応しているだけだと思うけど、まあ、そんな話は世の中にないわけではないかもとつぶやいたら、さらに母は号泣してしまって。幸せだなあとは思いましたが」
ところが父は「浮気はしてないよ。ただ……」
ところが世の中も、人の心もわからないものだ。そのときは気持ちがおさまって帰宅した母だが、しばらくたってから出張で東京にやってきた父と食事をすると衝撃的な事実が判明した。「父とは軽く飲みながら食事をしたんですが、『浮気はしてないよ。ただ……』と言いよどむんです。どうしたのと聞くと、『実は初恋の人が忘れられないのは本当なんだ』って。母の当てずっぽうのような直感が当たっていたんです。
父は母には何も言ってないそうですが、母は父の些細な変化を見逃さなかったのかもしれない。同窓会で初恋の人に再会してから、父はずっと落ち着かない日々を送っていると白状しました」
何かやり残したことがあるのかもしれないなとつぶやく父の横顔は、いつもとは違って妙に男臭かったとサユキさんは言った。
「ダメだよ、お父さん。お母さんを泣かせないでと言ったら、もちろんわかってるとは言っていましたが。あんなに仲良し夫婦でも、ふっと心が揺れ動くことがあるんですね。父というよりひとりの男に見えたのが、ちょっと衝撃でした」
きっかけさえあれば、人の心はすぐに揺れるものなのかもしれない。盤石の関係なんてないのではないかとサユキさんは言う。
父と初恋の相手が恋に落ちるかどうかはわからない。娘の自分だって止めることはできないだろう。あとは父の分別ひとつだと思うと、サユキさんは真顔で言った。